嫌われ松子の一生〜好かれたい女の不幸

日本映画

生い立ち

(ネタバレ)松子には、病弱な妹と兄がいる。

よくありがちだが、病気がちの家族がいると、その人に注目が集まり、それ以外の家族は寂しい思いをしがちだ。

松子は、父に注目されて愛されたい一心で、変顔をするようになる。

おどけることだけが、彼女のコミュニケーションの方法だった。

それが悪癖となり、せっかく得た教職の仕事も首になるというストーリー。

環境よりも素養

世の中のきらいとして、人格形成を環境に重点をおく傾向にある。もちろん人間は環境に影響を受けて人格形成するものである。

けれど、この考え方が、周囲に責任転嫁する傾向を生んでいるように思えてならない。

松子は客観的にみて、問題処理能力が極端に劣っている。視野が狭く柔軟性に欠ける。

それなのに、いやそれだからか、親の期待に応えて、世間体のよい教師になる。

ところが、松子のような性質の人間は、生身の人間を前にして臨機応援に対応することは出来ないので、悪手を取ってしまい結局離職する。

そこで、状況判断やら冷静な態度で、ゆっくり考えられる人間だと、家族と相談したり、「まあ、向いていなかったのかも」ともっと自分に合う仕事を探したり、結婚を考えたりするだろう。

ところが、松子は極端な性格で、もうこの世の終わりとばかりに家出をする。

そして、それを止めに入った妹の首を締めて、勘当される。

一気に人生が暗転する。

子供の頃から、寂しかったのね、抑圧した気持ちが爆発したのね、とも言えなくはない。

けれど、もっと頭がよければ、冷静に自分のことを客観しして好手を選べたに違いない。

つまり、素養が環境を選ぶとも言えるのだ。

愛されなければ意味がない

松子の転落人生は悲惨である。

売春、殺し、最期は引きこもりの末の自殺か他殺か定かでない。

常に誰かに愛されることを頼りに、すがりつき、支配しようとして殴られおいすがり、どんどん人生は悪化する。

それでも夢は消えない。

光GENJIが出てきた場面では笑ってしまった。全体的にコミカルなのが、逆に暗部を引き立てていた。

繰り返しが強化行動になっている

愛されようと、頑張り、殴られ、捨てられ、やっぱり愛されないんだ私

次こそは、別の男なら大丈夫

出会う、殴られ、捨てられ、裏切られ、やっぱり愛されなかった

次こそは、もっと違う愛し方をする

出会う、やっぱり殴られ、逃げられ、やっぱり愛されない

繰り返すたびに、自分は愛されないという観念がどんどん強化され、事態はどんどん悪くなっていく。

どこかで立ち止まってパターンを変えないと、何のために生まれてきたのか、と松子のように「生まれてきてごめんなさい」となってしまいかねない。

彼女はどこまでも、身勝手な、自分を省みないバカな女なのだ。

立ち止まって自分を見直す

どの人にも、同じくらいにやり直すチャンスや助けはやってくる。

けれど、それを目に留めるか、振り払うかは、本人の器量による。

変えられない運命があるとしたら、自分の視点が変えられず、生来の素養の通りDNAの指令通りに人生を進めてしまうということなのだろうなと思った。

そのような制限のもとで生まれた私たちが、運命に逆らう一番の方法は、自分の内側を見つめるということだろう。

見つめるだけでは、自家中毒になるから、人を観察して何を自分が考えるのか感じるのかというところが、自分の中身そのものなのだ。

それでいいのだ

それでも、松子の人生はそれでよかったのだ。

人生は本人のものだから、他人からみたら不幸でも選択した通り、生き切ったことに価値がある。

もしかしたら、人は幸せになるために生まれくるとは限らないのかもしれない。

自分を生き切るだけだ。

Apsara

東京でアーユルヴェーダサロンを12年運営してきた元セラピストで、今はストリーライティングを仕事にしています。 映画・小説・ドラマ・占いなど、人の運命を辿るス...

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