河合隼雄ユング心理学

心理学

若い頃は、さらっと読み流したことが、今の年齢になって仏教の視点に圧倒される。

無我の境地とは、自然であり、すべてが一体であるのだ。

十牛図

自我が芽生え、本当の自分を探し始める。

本当の自分が見つかったように思い、本当の自分になろうとする。

ところが自我が消えたときに自己そのものになり、さらに

自己も消え、自然となる。

無があり、無こそが実在である。

この世界の捉え方は、最も美しく希望をもたらしてくれる。

自我や自己について思うこと

自我というのは、厄介だと思う。

自意識が高いことで、妨げられることが多いからだ。

他人からよく見られたい、かっこよくありたい、素敵な自分でありたい、そんな自我は、自分が自分がと自分に目を向ける。

自我から離れて、本当の自分を探そうとしても、自意識過剰さが逆に増していき、どこまでも我からは抜けきれないのを思い知る。

「本当の自分」自分自分自分を見つめていても、逆説的に本当の自分にはたどりつけないのだ。

自分から離れた、繋がりの中での自分の役割分担こそが、自己であり、はじめて自我から解放されていくのだろう。全体性の中にある己の役割に埋没していくことを想像すると、なんと爽やかな世界なのだろう。

しょせんちっぽけで小さなひとりの命だけど、繋がりの中では大きな意味を持つのかもしれない。

エゴイスティックな争いからは、もう卒業したいものだ。

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